115.契り
ひらりひらりと舞い落ちる薄紅色の花片。
風にあおられ、汗ばんだ三成の胸元にのった。
「桜が……。」
そう言った左近は庭に咲く桜の大木を眺めやった。
この桜は左近の生まれ故郷から取り寄せ、植樹した桜だった。
昔二人で左近の故郷に訪れた際に三成が大層気に入って
左近が取り寄せたのだ。
主の喜ぶ顔が見たいー。
何とも甲斐甲斐しい家臣であった。
「殿、桜を見て下さい。
薄紅色の花片が暗闇に舞い散ってなんとも綺麗ですなぁ。」
そう言われて三成も左近の腕の中から桜を見る。
「今年ももう見納めか。
桜の散り際のなんと美しいことよ。」
縁側で睦合う二人にまた花片が舞い落ちる。
「左近、俺はな桜の散り際が好きなのだ。
華麗に咲き誇り、惜しげもなくその花片を散らす。
潔いと思わぬか?
俺も桜の様に最期を飾りたいものだ。」
その言葉は長年使えた三成の主君、秀吉公の事を言っている様にも見えた。
天下統一を遂げた人物の最期にしてはあっけなく。
ひっそりと淋しく亡くなった秀吉公。
それを身近で感じた三成は官僚方とはいえ、
武将ならば武功の一つでもあげて戦場で華々しく散りたい。
そう思っているようだった。
いや、先の大戦を見据えての言葉だったのかもしれない。
「殿……。」
言葉に表せられない焦燥感を左近は感じた。
無数に舞い落ちる桜の花片が死を連想させた。
「殿……。」
気付けば左近は泣いていた。
舞い落ちる花片が主君の滴り落ちる血に見えた。
「どうした左近?」
心優しい主は左近の顔を覗き込んだ。
そしてそっと涙を拭ってやる。
「来年も再来年もこうやって桜を眺めたいものだな。」
叶わぬ願いを誓い合ったー。