10.逃れられるはずがない
「三成…。お前はあの男の元にいた方がよいのではないか?」
そう唐突に呟いた曹丕。
あの男とはどの男の事なのか。
そう聞こうとして、いつもとは違う曹丕の表情に戸惑った。
悲しげな表情が月の光に照らされている。
「私といてはお前は幸せにはなれぬ。
私はお前を傷つけるだけだ。…そのような愛し方しか出来ないのだ。
だがあの男ならばお前を幸せで満たしてくれよう。
後の世(のちのよ)に戻った後もお前の側で
お前を幸せにしてくれる。」
「今のうちに私の手の中から逃れた方がよい。」
孤独な王子は複雑な環境で育ったせいか
自身の幸せさえ願えず、
他者と関わり合えばその者を不幸にすると信じていた。
万人を幸せに導く義務はあれども
自身が幸せになる事は考えた事も無かった。
自身についての全ての事を放棄した方が楽だったのであるー。
哀しいと思った。
三成自身も自分の幸せなんて考えた事がなかったけれども
曹丕の”自分自身の幸せを否定する考え”が淋しかった。
「俺はお前の側にいる。」
そう言って淋しげな曹丕の躯に触れる。
ー俺が側にいる事でお前は幸せになれないだろうかー
そう願った。